Japan Society for Madagascar Studies / Fikambanana Japoney ho an'ny Fikarohana momba an'i Madagasikara
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「マダガスカル手話の語順」

箕浦信勝(東京外国語大学外国語学部)

0. マダガスカル手話とは

マダガスカルのろう者がろう者同士で用いる視覚身振りモードを用いた言語。日本では、名称として、日本のろう者同士で用いる日本手話と、ろう者が、手話を母語としない聴者と交流する際に用いる手指日本語(日本語対応手話とも呼ばれる)との2つが区別されている。これら2つは、言語連続体をなしており、特に手話ネイティブの話者(ネイティブ・サイナー)は、相手によって、相手がろう者であれば、日本手話を、日本手話ができない聴者であれば、手指日本語を使うという、社会言語学的に言えば、コード・スイッチングと呼ばれる現象を見せている。

マダガスカルの手話は、国内では通常、「手話」(tenin’ny tanana)と呼ばれるだけである。日本のように、ろう者同士で用いる手話と、聴者向けの手話があるようであるが、誰もが使う固まった名称は無さそうである。言語コンサルタントのEva氏(Mme Raobelina Nivo Haingo Holy Tiana Eva)は、ろう者手話(tenin’ny tanana marenina)と、聴者手話(tenin’ny tanana mandre)と呼んでいる。ここでは、世界的な潮流に合わせ、その「ろう者手話」を本来の手話であると考え、それをマダガスカル手話(Tenin’ny Tanana Malagasy, TTM)と呼ぶことにする。

マダガスカルでは、それらの違いをろう者は意識しているが、手話関係者すべて(ろう者、通訳者、ろう学校関係者等)が意識しているかどうかはわからない。

一般に、世界各国で使われるろう者ネイティブの「手話」と、音声言語を単語レベルで手話単語に置き換えた「手指○○語」は、語順などの統語論、語形成・屈折などの形態論、個々の手話単語の「発音のしかた=表出のしかた」に関わる音韻論で、違いが見られるが、大きな違いが見られるのが、文法的、語彙的に用いられる非手指信号(non-manual signals, NMS;眉、口形、頚、あご、姿勢等の動き)で、それが手指○○語にはそれがほとんど欠落しており、手話では縦横無尽に駆使される。

しかしながら、これまでのマダガスカル手話の調査では、語順に焦点を当ててデータを集めており、非手指信号に関してはわからないことの方が多い。

    wh__  
(1a) 日本手話 あなた 名前  
(1b) 手指日本語 あなた 名前 何か
(1c) 日本語 あなたの 名前は 何ですか?

手指日本語の「何」、「か」が日本手話では表現されず、その代わりに、手指動作「名前」に掛かるwh疑問文の非手指信号で、内容を訊く疑問文であることが伝達される。

(2a) マダガスカル手話 ianao inona mianatra
  あなた 学ぶ
(2b) 手指マダガスカル語 mianatra inona ianao
  学ぶ あなた
(2c) マダガスカル語 inona no ianara-nao?
  小詞 学ぶ(受動態)-あなた

マダガスカル手話と、手指マダガスカル語(Eva氏の言う聴者手話)では、語順が大きく違う。

言語コンサルタントのEva氏は、当初手指マダガスカル語を私に教えていたが、突如自分の母語であり、ろう者同士で用いるマダガスカル手話を教えなければいけないという使命感を得、ノートに手指マダガスカル語文と、マダガスカル手話文を書き、ビデオに向かって、後者を手話化することから始めた。

2005年8月22日の会話例をお見せする。これも、Eva氏によってまずノートに書かれ、その後練習の後、Eva氏と箕浦がビデオを前にして、会話を行った。音声マダガスカル語と結構対応しているが、完全な1対1対応ではない。

(3) Eva: Manahoana, tompoko!  
    如何 ご主人様  
  Nobu: Salama, tompoko!  
    元気 ご主人様  
  E: Inona vaovao?  
    ニュース  
  N: Tsy-misy    
    無い    
  E: Ho-aiza?    
    どちらへ    
  N: Olona miandry  
    待つ  
  E: Iza olona?  
     
  N: Havana fotoana eto
    友達 デート ここ
  E: Fotoana @firy?  
    デート 何時に  
  N: 2 ora fotoana (i)zao
    2時 デート 今(→ここ)
  E: Hay, veloma  
    そう さようなら  
  N: Veloma    
    さようなら    

1. 基本語順とは

単文、特に他動詞文に関して、当該の言語の主語(S: subject)、目的語(O: object)、動詞(V: verb)がどう並ぶかのことである。複数の語順のある場合、最も「基本的」なもの。(特別な色づけ、操作がなされていない。)基本語順は、見つけやすい言語からはっきりとは見つかりにくい言語まである。

基本語順は、主語が主題化された(語順、超分節音[イントネーション、ポーズ等]、小詞、文型等に明示)されたものを採るのか、主題化されていないものを採るのかは、研究者や言語によってまちまちである。

■S、O、Vの順序:6通り(3の階乗: 3!)

SOV 日本語、朝鮮語、ヒンディー語等 世界の言語の約半数
SVO 英語など多くのヨーロッパ語、中国語等 世界の言語の約1/3
VSO 古典アラビア語等  
VOS マダガスカル語等  
OVS    
OSV マダガスカル手話??  

2. マダガスカル語の語順

VOS SはOをVする
S no VO OをVするのはSだ/SがOをVする

上の記述は(音声)マダガスカル語の3つの態のうち、能動態にのみしっくりとくる。S no VOの他に、noの代わりにdiaが採られる文型もあるが詳細は省略する。マダガスカル手話には、マダガスカル語の3つの態が表現されないので、マダガスカル語の語順とマダガスカル(ろう者)手話の語順の関係を見るにはマダガスカル語文法の通常言われる主題的なSではなく、動作主(actor)をSとして立てて解釈し直す必要がある。

マダガスカル語

□能動態(動作主焦点)
VOS SはOをVする
S no VO OをVするのはSだ/SがOをVする
□受動態(目的語焦点)
VSO OはSがVする
O no VS SがVするのはOだ
□関係態(状況焦点)
VSOA AではSがOをVする
S no VSO SがOをVするのはAでだ

A: 付加語句、状況

上の表から抽出することができる語順は、VOS、S(no)VO、VSO、O(no)VSの4つ。もしマダガスカル手話の語順がマダガスカル語からの影響を受けているとすれば、VOS、SVO、VSO、OVSの語順が用いられることが予想される。

3. マダガスカル手話の語順

■SOV語順

(4) izaho kifafa mitazona      
  ほうき 持つ      
  S O V      
(5) Nobu tenin’ ny tanana marenina malagasy miofana
  箕浦 ことば ろう マダガスカルの 訓練を受ける
  S O V      
(6) marenina vazivazy tia      
  ろう 冗談 好き      
  S O V      
(7) sinoa Madagasikara tonga be.dia.be    
  中国人 マダガスカル 来る 沢山    
  S O? V      
(8) Nobu mofo gasy nihinana omaly  
  箕浦 ムフ ガシ 食べた(る) 昨日  
  S O V      
(9) vitsika asa tia      
  労働 好き      
  S O V      
(10) Eva tsena maraina zavatra nividy  
  エバ 市場 もの 買った(う)  
  S     O V  

SOV語順はマダガスカル語には無く、マダガスカル手話に特徴的である。上の諸例は、主語(S)が主題である文であろうか。主題が節末にあるマダガスカル語と異なり、上の諸例は、マダガスカル手話が、主題を節頭に持つことを示しているのかも知れない。

■OSV語順

(11) kanety ankizy manipy
  おはじき 子供 投げる
  O S V
(12) lolo Eva manenjika  
  エバ 追う
  O S V

OSV語順もマダガスカル語には無く、マダガスカル手話に特徴的な語順である。前後に文脈の無い、単独の例文でこの語順が現れることが多く、OSV語順がマダガスカル手話の基本語順、それも、主語が主題でない場合の基本語順で可能性がある。

■OVS語順

(13) tany miasa Nobu  
  働く 箕浦  
  O? V S  
(14) zavatra tsena nividy Nobu
  もの 市場 買った(う) 箕浦
  O   V S

OVS語順は、マダガスカル語の受動態の強調構文と同じ語順であるが、統語的意味もマダガスカル語とマダガスカル手話で類似しているのかどうかはわからない。前出のSOV語順とはことなり、Sがマダガスカル語と同じ節末の主題位置をとっているのかも知れない。

■SVO語順

(15) bibilava nihinana sakafo vitsika vita nahangona
  食べた(る) 食料 終えた 集める
  S V O      

SVO語順は、マダガスカル語の能動態の強調構文と同じ語順であるが、Sはむしろ主題主語のように感じられ、マダガスカル語の評言主語解釈と一致しない。また、OがVに後続しているのは、Oが関係節を伴って長いことによるのではなかろうか。

■より複雑な文

(16) Eva tia zanaka mikarakara
  エバ 好き 子供 世話をする
  S AUX O V
(17) Nobu tia tenin’ny tanana malagasy mianatra
  箕浦 好き マダガスカル手話 学ぶ
  S AUX O V

上記2分では、S AUX OVという、ドイツ語に似た語順が見られる。[OV]が、AUX=Vの目的語であると考えれば、全体としては、SVO語順であることになる。

(18) vola mila, miasa tsy-maintsy    
  お金 必要 働く 必要    
(19) tsy miasa, vola sarotra mitady  
  ない 働く お金 難しい 得る  
(20) ratsy tendan-kanina, miasa kamo, miova matavy
  悪い グルメ 働く 怠惰な なる 太った

これらの「複文」は、手指動作には、どれが主節で、どれが、条件節、理由節などの従属節であるかの情報は無さそうである。非手指信号にその情報があると思われるが、今までのところ詳細はわかっていない。

4. まとめ

マダガスカル手話にはSOV、OSV、OVS、SVO語順が見られた。第2節のマダガスカル語を元にした予想からは、VOS、VSO語順が現われず、 SVO、OVS語順が見られた。さらに、マダガスカル語には無い、SOV、OSV語順が頻繁に見られた。マダガスカル手話の基本は、OV語順のようであり、それは、マダガスカル語と異なる。マダガスカル語の基本は、VO語順である。

主語が主題でない場合はOSV語順であり、主語が主題の場合は、SOVか、OVSであるように思われる。より詳しくは、今後の非手指信号の検討を待って、明らかにされるであろうと思われる。

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